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東京地方裁判所 昭和41年(手ワ)4423号 判決 1967年3月13日

原告 森田雄次郎

右訴訟代理人弁護士 山辺則政

被告 昭和製菓株式会社

右代表者代表取締役 山崎頼正

右訴訟代理人弁護士 今川一雄

<ほか二名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和四一年一一月四日以降完済までの年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一、原告は、被告会社の当時の代表者訴外堀久孝がその単独代表名義で振出した次の(1)及び(2)の約束手形二通(以下単に本件(1)の手形、(2)の手形という。)の現所持人である。

(1)  金額      金一〇〇万円

満期       昭和四一年三月二〇日

支払地振出地とも 東京都世田谷区

支払場所     株式会社東京都民銀行世田谷支店

振出日      昭和四一年二月二八日

振出人      昭和製菓株式会社代表取締役堀久孝

受取人      森田雄次郎(原告)

(2)  金額      金二〇〇万円

満期       昭和四一年三月二七日

振出日      昭和四〇年一二月二七日

その他の記載事項(1)の手形と同じ

二、本件(1)、(2)の手形が振出された原因ないし事情は次のとおりである。

(一)  昭和四〇年二月頃、被告会社では東京都港区新橋所在黄色会館ビルの一階及び地階を賃借して、そこに支店を開設することになり、同年三月二六日、賃借保証金の支払資金として原告から金三〇〇万円の融資を受け、同日原告に対し金額三〇〇万円、満期を同年六月二六日とする約束手形一通を当時の被告会社代表取締役堀久孝名義で振出したが、右の満期に決済できなかったため、原告の了解をえて書替をなし、このような書替をくり返して来たところ、同年一二月二七日に至り更に金額二〇〇万円、満期昭和四一年三月二七日の約束手形一通(本件(2)の手形)と金額一〇〇万円、満期同年二月二七日の約束手形一通(本件(1)の手形に書替える直前のもの)に金額を分割して書替えた。

(二)  ところで、被告会社の代表関係は、昭和四〇年三月三一日以降昭和四一年五月一二日までの間は堀久孝と山崎頼正の共同代表となっているが、本件(1)、(2)の手形の原始手形が振出された昭和四〇年三月二六日当時には堀久孝の単独代表となっていたのであり、しかも、本件(1)、(2)の手形に書替えられた当時、即ち右の共同代表制がとられていた当時でも、訴外株式会社東京都民銀行世田谷支店には堀久孝単独名義の、また訴外株式会社三井銀行自由ヶ丘支店には山崎頼正単独名義のそれぞれの当座取引口座をもち、これに伴って各自の判断に基き、しかもその単独名義で被告会社の約束手形を振出しうることにする旨の協定が両代表取締役の間にできていたのであるから、以上二つの理由により被告会社は本件(1)、(2)の手形の振出責任を免れえないのである。

三、よって原告は被告に対し、本件(1)、(2)の手形金の合計三〇〇万円及びこれに対する支払命令正本送達の日である昭和四一年一一月四日以降完済までの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、

証拠≪省略≫

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、「原告が本件(1)、(2)の手形を所持していることは認めるが、本件(1)、(2)の手形の原始手形が堀久孝の単独代表時代に振出されたのであるかどうかは知らないし、仮にそうであるとしても、原告において自認しているとおり、本件(1)、(2)の手形そのものは、被告会社が代表取締役堀久孝及び同山崎頼正の両名による共同代表制をとっているときに、右堀久孝がその定めに反して(即ち、被告会社では両代表取締役が各自の判断に基き、しかもその単独代表名義で約束手形を振出しうる旨の原告主張のような協定をしたことはなかったのである。)単独代表名義で振出したものであるから無効であり、しかもその原因たるや、右堀久孝が自己個人の事業資金調達のために被告会社代表者名義を冒用して原告との間に締結した消費貸借契約がそれであって、その背任的行為に起因するのであるから、いずれにしても被告が本件(1)、(2)の手形の振出責任を負わなければならない理由は存在しない。よって原告の請求は失当である。」と答え、

証拠≪省略≫

理由

原告は、本件(1)、(2)の手形が被告会社において代表取締役二名による共同代表制をとっているときに、そのうちの一名たる堀久孝によりその単独代表名義で振出されたものであることを自認しながらも、本件(1)、(2)の手形が被告会社の振出手形として有効であることの理由として、(イ)これらの原始手形が右堀久孝の単独代表当時に振出され、(ロ)同人と山崎頼正両名による共同代表制となってからも被告会社では銀行に右両名それぞれの単独代表名義による当座取引口座を有し、これに伴って各自の判断に基き、しかもその単独代表名義で被告会社の約束手形を振出しうる旨の協定ができていたと主張する。

原告の右主張事実中(ロ)の前段、即ち代表取締役両名それぞれの単独代表名義による当座取引口座開設の事実は被告会社代表者山崎頼正尋問の結果によって認めうるところである。しかし、このような事実がある場合でも、他方で共同代表制が存置されている以上、この制度の採用が予定するところの代表権行使の方法に対する制限が右事実の存在という一事によって当然に解除されたとみるのは困難であるから、たとえ書替前の手形が単独代表当時に振出されたものであっても、共同代表制に変った後に単独代表名義で振出された書替手形は、右の制限解除を認めうる特段の事由(例えば原告が主張する協定など)が他に存在しない限り、原則として無効であると解するのが相当である。

二、そこで、右特段の事由の存否について検討する。

(一)  1 証人堀久孝は、まず本件(1)、(2)の手形が支払延期のための書替手形であると述べた後、その原始手形が振出された原因ないし事情として、同人が被告会社の単独代表者となっていた昭和四〇年二月頃、東京都港区新橋に被告会社の支店を開設することを思い立ち、当初は他の取締役に相談することなくその独断で、訴外黄色合同株式会社からその所有にかかる黄色会館ビルの一階及び地階を賃借し、その後に他の取締役から右の承諾をとりつけ、賃借保証金二七〇万円の一部金五〇万円は仮払勘定にして被告会社の経理から支出したけれども、なお二二〇万円が不足したので、同年三月二六日頃原告から三〇〇万円を借受け(但し、金三〇万円は利息として天引された。)、うち金五〇万円を会社の経理係に戻して残余の金二二〇万円を右訴外会社に支払い、同日右の借受金支払のため原告に対し前記原始手形を振出したとの趣旨の証言をしている。この証言中、事後承諾のとりつけ及び仮払に関する部分はその供述自体必ずしも明瞭でない部分もあり、それと≪証拠省略≫に対比してひとりがてんによるものと思われ、たやすく採用しがたい。

右によれば、訴外堀久孝は、黄色会館ビルの賃借及びこれに伴う原告からの金銭借入を、たとえ被告会社のためにしたにしても他の取締役の同意または取締役会決議を経ないで全くの独断によりまたは自己の個人事業のためにしたものといわなければならない。

2 本件(1)、(2)の手形自体に徴すると、手形金額が比較的高額であるにも拘らず、手形金額の記載を含めてその他の手形要件の記載がすべて手書によってなされていることが明らかであり、また≪証拠省略≫によれば、本件(1)、(2)の手形の振出人名下の印影が右堀久孝の個人印(これが前記の訴外東京都民銀行世田谷支店に対する届出印と異るものであることは、趣旨及び方式によって真正な成立を推認しうる乙第六号証によって明らかである。)によって顕出され、しかもそれぞれ別個の印鑑が押捺されたものであること、原始手形、書替手形を通じてこれらの授受が被告会社の事務所その他これに類する場所ではなくて原告の住居近くの喫茶店などで右堀久孝みずからによってなされ、かつ、その際手形を振込まない(支払のため支払場所に呈示しない)特約が交されていること、これらの事実を認めることができる。もしこれらの手形が被告会社の手形として正規なものであるとすれば、何故常態に反して右のような形式がとられ、授受がなされたのかに疑問が生ずる。もとより、右1、2の事実が認められるからといって、そのことの故に直ちに本件(1)、(2)の手形について被告会社の帰責事由が否定されるとも判断し難いが、ただ前記特段の事由の存否を判断する上で逸しえないことがらであることに注意しておく必要がある。もっとも≪証拠省略≫によると、被告会社で共同代表制を採用してから、堀久孝がやはり独断で被告会社のために貨物自動車を購入し、その割賦支払のため堀久孝単独名義の本件(1)、(2)の手形と類似した形式の手形多数(≪証拠の表示省略≫)を振出したところ、被告会社では、最初に満期の到来した一通についてその支払をなし、現に右の自動車を使用している事実を認めることができるのであるが、これとても突然支払呈示を受けたため、対応策を購ずることができないままやむなくこの支払をしたのであり、以後の分については偽造を理由にして支払を拒絶し、後に所持人と合意の上堀久孝の右所為を追認する形でことの解決をなした事実を同じ証拠を綜分して認めうるのであるから、右一連の事実は前記の判断をなすにあたって考慮の外において妨げないものと考える。

(二)  ところで、≪証拠省略≫によれば、被告会社における被告会社振出の手形作成事務は、創立以後現在までの全期間を通じて経理担当の取締役である小島英一が専らこれを担当し、そのためこれに用いるゴム印、記名判及び代表者印などを同人が保管していることを認定できるので、この事実からすると、被告会社では共同代表制をとって堀久孝及び山崎頼正の各単独代表名義による当座取引口座を有しているときでも、それぞれの口座の預金残高等を参酌していずれの名義で手形等を振出すべきかを右の小島英一が決定していた事実をうかがいうるのである。

(三)  なお、(イ)の1で認定した訴外黄色合同株式会社に対する賃借保証金の支払、原告からの借入れ及び本件(1)、(2)の手形又はその書替前のすべての手形の振出等の諸事項が被告会社の経理関係の帳簿類に記載されていないことは、≪証拠省略≫からして明らかである。

(四)  以上認定の各事実を綜合して考えれば、被告会社では、共同代表制をとっていた当時代表取締役二名に対して少くとも手形振出に関する限り代表権行使の方法に関する制限を解除していなかったとみるのが相当であるのみならず、前述のように堀久孝が他の取締役に秘匿して独断によりまたは自己個人のために行っていた疑いのある前記支店の設置及びこれに原因する本件(1)、(2)の手形はこの制限に反して振出された無効なものであるといわなければならない(従って、前記支店設置、これに原因する原告からの金員借入及び原始手形の振出行為等が被告会立または堀久孝個人の行為として責を帰しうるものであるか否かは、さらにその当時の原告と堀久孝との関係等との対比においてなお判断し難いものがあるけれども、それらは本件において判断する必要はない)。

三、よって、その余の判断をするまでもなく、原告の請求は理由がないことに帰するのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 畔上英治 裁判官 伊藤豊治 小林啓二)

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